焼酎よもやま話
焼酎の歴史~伝来編~
今回は、「焼酎の歴史~伝来編~」と銘打って、焼酎がどうやって日本に伝わってきたのか、を紐解いていきます。
伝来のルート
まず、初めに伝えておかなければいけないことは、焼酎は外国から日本へ伝わってきたのですが、その伝来ルートには複数の説があり、どれが正しいかは不明ということです。
ちなみに複数の説には…
1.インドシナ半島(東南アジア)から琉球(現在の沖縄)へ伝わった説。
2.中国から朝鮮半島を通って、対馬(長崎県)へ伝わった説。
3.中国南部から倭寇(海賊)を通じて日本へ伝わった説。
などがあります。
中でも有力なのは1.と言われていますが、真相はいまだにわかっていません。
焼酎の始まり
最も古い焼酎の記録はというと、1546年、大航海時代のポルトガル探検家が記した記述の中に「米から造るオラーカ(蒸留酒のこと)」が飲まれていたと記されています。
鹿児島なのに米?と思うかもしれませんが、実は鹿児島で造られていた焼酎は 、はじめは「芋」ではなく「米」「粟」「稗(ひえ)」といった穀類が原料であったそうです。
また、「焼酎」という文字が記録された一番古い資料は、鹿児島県の郡山八幡神社に、1559年に残された木札とされ、内容は「座主が大変ケチで、焼酎を一度も振る舞わず、迷惑なことだ」という落書きだったそうです。
当時の人も、焼酎が大好きだったんですね(*^_^*)
さつまいもの伝来
鹿児島の地に芋焼酎の原料「さつまいも」が伝わったのは、それからしばらく経った1705年のことです。
前田利右衛門という人物が、唐(から=当時の言葉で外国を意味していました)から琉球へ伝わった、さつまいもの苗を薩摩へ持ち帰ったことがきっかけで、鹿児島へ「さつまいも」が伝わりました。(ちなみに、鹿児島では、今でも「さつまいも」ではなく、「カライモ」という言葉がよく使われています。)
鹿児島は、元々火山の噴火によって、火山灰が蓄積したシラス台地。
このシラス台地の水はけの良さが、稲作には不向きな一方で、さつまいもの栽培に適していたことから鹿児島でさつまいもが急激に普及することとなりました。
これをきっかけとして、江戸時代には、米は年貢の対象として貴重なものとなっていたことからも当時の人たちは、必然的にたくさん収穫できる「さつまいも」で焼酎を造り始めたと考えられています。
様々な偶然と必然が重なって、現代の「焼酎王国」鹿児島が誕生しました。
そうした歴史に思いをはせながら飲む焼酎は、一層美味しく感じられるものです(*^_^*)




